Chihiro Yamazaki

Chihiro Yamazaki

TUNNEL

2019
Tears, video installation

あなたは今このテキストをスマートフォンで読んでいるだろうか。もしそうではないならその懐にある 小さな電子機器を片手に取り、いや、触れるだけで構わない。ポケットに入っているのなら服を通して触 れている肌にすこし心を預けながら、この文章を読んでいただきたい。──さて。普段意識しにくい事で はあるが、あなたのそれは驚くべきほど細かな部品によって構築されており、そしてそれらの部品たちは あらゆる鉱物から組織されている。ニッケル、クロム、ネオジウム、チタンなどなど。上記した鉱物はいわ ゆるレアメタルと呼ばれるもので、その名の通り世界の限られた場所で採取される希少な金属である。レ アメタルはスマートフォンに限らず自動車、家電 4 品目など、私たちの身の周りの製品に多く使用されて おり、もはやレアメタル無しに現代社会は成り立たないと断言して良いだろう。なかでも電子機器全般に 組み込まれているというタンタルは、他の鉱物と比べてより小型のコンデンサーを作り出すことができ るが故に世界の産業において極めて重要な役割を果たしている。
タンタルは紛争鉱物である。90 年代から 20 年以上にわたって紛争が続いているコンゴ民主共和国(以下 コンゴ)では、武装勢力によって不法に採掘された鉱物タンタルが武器購入や戦闘維持のための資金源と なり、紛争を一層長期化させる状況を招いていることからこのように呼ばれる。これを受けて 2010 年、米 国政府は米国での上場企業に対して製品に使用されている部品一つ一つの生産地、流通経路(サイプライ チェーン)を情報開示することを義務付ける法律を成立させるが、9 年経過した今でも状況は変わってい ない。紛争が終わっていないという意味ではない。そもそも情報開示ができていないのだ。農産物や手工 芸品とは違い、鉱物資源や工業製品のように加工度が高く複雑な生産・流通経路をもつ産物はその道筋 を辿ることが非常に困難で、米国における上場企業で最も成果を上げているアップル社でさえ明らかに なっているサプライチェーンは約 8 割。残り 2 割はどこから来ているのかよくわかっていない。国際的な 消費者倫理の観点から言ってこれはつまり、私たちが何気なくスマホを購入することが紛争の手助けに なっている?かも?しれない?どうなの??ということだ。
複雑さは知覚の不可能性を生む。入口(生産地)と出口(消費者)が分かっているのにその道筋が不可視化 されている現象を「トンネル」という概念で捉えてみる。
コンゴにおける搾取の歴史は 19 世紀末にヨーロッパ人が到来した事により始まり、時代によって支配 者を変えながら、象牙、ゴム、労働、女性、そして数え切れないほどの人命を奪い続けてきた。独立後もコン ゴは不安定な国政から内戦に突入、現在の紛争はその結実と言える。本来天然資源に恵まれた富める国に なるはずだったコンゴの人間開発指数(HDI)は世界において最下位だ。現在も国連が平和維持活動とし て武力介入していることから考えても欧米諸国は植民地時代からコンゴとの直接的関係が非常に深いと いうことがわかる。こうした背景からメディアや民衆のアフリカに対する関心は強く、NGO の働きも あって先進国としての倫理観が形成され──というのが米国が情報開示を義務付ける金融規制法(ドッ ド・フランク法)に踏み切るまでの流れである。一方日本の企業はどうか。日本は世界でも有数の資源消 費国であるが米国のような法律は存在しない。が、実は米国で規制が始まった 2010 年から日本の企業も サプライチェーンの開示を急速に進めている。2000 年末からタンタルの価格が高騰した原因として新世
代携帯電話やソニーの「プレイステーション 2」の販売が関係しているという国際 NGO による指摘が あったことも原因の一つだが、実情は各企業が顧客企業からの問い合わせに対応した結果、つまりグロー バル企業としてブランディングの為に自主規制を行なっているという格好だ。この過程において重要な ことは、米国のように世論から、消費者の倫理観から規制が生まれたのではないという点である。事実今 このテキストを読んでいるあなたは紛争鉱物の存在を知っていただろうか。アフリカとの直接的関係が 弱い日本ではメディアがその問題を取り上げる機会は非常に少なく、そもそも問題に関して触れる事は あまりない。途方もなく複雑化したトンネルを経由し、私やあなたはポストコロニアルの構造的暴力にい つのまにか組み込まれつつ、そしていつのまにか理解不能な倫理観によってある程度健康にさせられた 商品に囲まれているのである。
私は今あなたのそれがあなたの暴力であり、そうではないという事実が重なり合っている、という事を 説明をした。無論、私のこれもそうである。しかしあなたはこの事実を知ったところで電子機器に対する 消費行動を変えようなどと考える事はないだろう。そもそも私やあなたはこの支配について、コンゴの国 民が、子供が、女性が流す血や涙について何を想う事ができるのだろうか。説教のように聞こえるだろう か──そうではない。そんな事、この私ができるはずなどない。世界が抱えている社会問題の中でもこの 件に限って何を感じるか、ということよりも何を感じないのかということの方が余程重要なのだ。ここに トンネルが存在している。

このプロジェクトでは重なり合ったあいまい(ambiguous)の作品化を試みる。私やあなたが回避 (disambiguation)しなければならないものだ。

方法を整理しよう。1まず私はコンゴにおける紛争鉱物の問題を取り扱ったドキュメンタリーを見る。 2そのドキュメンタリーを見ながら私は涙を流す。私は涙を流す方法をいくらでも知っている。3そこで 流した涙を飽和した食塩水に混ぜ、事前に制作した塩の結晶を食塩水に投入し、結晶を大きくする。4あ る程度大きくしたら研磨し、ネックレスにする。5制作したネックレスと製造過程の映像アーカイブを展 示する。
涙に含まれる塩化ナトリウムの量と結晶の造形は流す時のストレスによって大きく異なり、感情によっ て変化するという研究がある。この作品では鉱物がサイプライチェーンというトンネルを通過しメディ アとなり、メディアから私の体というトンネルを通過し、また石になる。その石は私の想いから由来して いるかもしれないし、そうではないかもしれない。これが私の意図する重なり合ったあいまいのオブジェ クト化だ。結晶の表面処理は非常に重要である。IT という強烈な煌きのしたり顔の美しさを、その演技を 私はあなたに見て欲しい。